安らぎ空間仙人掌

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ご挨拶

こんにちは、癒しの整体院『仙人掌』の笠嶋晃明(かさじまてるあき)です。

当整体院に興味をもってこのページにアクセス頂きありがとうございます。

まず初めに、当店ではご来店くださる方を「患者様」とはお呼びいたしません。

なぜなら、どんなに辛い症状に悩まされている方でも患者の前に・・・「人」であるということ。
人は心で好き嫌いを感じ、心で感心や無感心を決めます。さらに心は痛みの発生や慢性化にも深く影響を与えます。
だから『心』って大事なんですよね。患者と先生という関係ではなく、同じ人間として心の通じ合う関係を大切にしたいと考えています。
そのために少しでも私を知っていただけるようにと思いブログなどもやっていますのでよかったら御覧ください。 

ブログ 

略歴

昭和47年1月5日生まれ、山羊座、A型。幼少期は嵐山町で育ち、高校生のとき滑川町月輪へと移住。現在は子宝に恵まれ東松山市在住。
嵐山町の志賀小学校、玉ノ丘中学校を経て埼玉県立川越工業高等学校へ。さらに専門学校へと進学し社会人となるも30歳を目前で病魔に倒れる。

長い闘病生活の末の2005年11月、比企郡滑川町に癒しの整体院『仙人掌』を開業。

厚生労働大臣認可(医政第742号)全国整体療法組合認定整体師。TMSジャパン会員。グリーンライトネットワーク会員。

整体を学んだきっかけ

改めましてこんにちは。この度は当店にご興味をお持ちくださりありがとうございます。
癒しの整体院『仙人掌』の笠嶋晃明(かさじまてるあき)と申します。
ここからは、私が整体師を志したきっかけとなった闘病記をざっくりと書いて行きたいと思います。


●卒業から社会人へ
父が工業用の機械設計事務所を営んでいた影響から、工業系の高校、専門学校へと進学し、
卒業後は普通に就職、無事社会人の一員となりました。

●あっけなく退社
遊び足らなかったのか、入社した年の夏に・・・退社(゜o゜)
今思うと、とっても恥ずかしいしバカな行動でした(汗)
その後は定職にも着かずアルバイトの日々。そして大好きだったスキーへどんどんとのめり込でいき、
どんなにお金がなくてもスキーには行く。そしていつかはプロのスキーヤーになってやる!
なんて夢見ていた時期でもありました。

●現実に気づいた24歳
当時、なにをやっても中途半端は私はプロスキーヤーなんかになれるはずもなく、気付けば24歳。
もうそろそろ年貢の納め時です。ちゃんと就職しよう心に決めました。

●腰痛の発症
就職したのは酒類問屋。読んで字の如く、お酒やビールといった酒類の問屋さんです。
最初に就いたのは配送業務でした。容易に想像はつくと思いますが、運んでる荷物はお酒。そう、重たいんです。
この頃からでした、慢性的な腰痛を抱えるようになったのは。

●治療院への通院
数回のぎっくり腰も経験した私は毎日のように1回数百円の治療院へ通っていました。
1回5000円の骨盤矯正へも毎週通いました。京都にいい先生がいると噂を聞きつけ、
京都まで行ったこともありました。しかし一向に改善傾向はないままでした。

●整形外科の診断
就職し心機一転、一生懸命がんばっていた私は、上司や先輩にも恵まれ順調に出世。
素晴らしい出会いもあり結婚、子宝にも恵まれ順風満帆・・・
と、思ったのも束の間、ある朝カラダが横に大きく曲がったまままっすぐ立てません。
後ろから見て“く”の字の状態にカラダがなったまま、痛くてまっすぐ立てないのです。
「これはおかしい」とすぐに整形外科を受診。
腰椎椎間板ヘルニアが3ヵ所もあるとの診断でした。

●入院から手術へ
検査と保存療法(硬膜外ブロック注射など)のため入院。保存療法では症状に変化がないため
「手術をしよう」となったのですが、さて困ったことに私のヘルニアは3ヵ所!
一度に3ヵ所全部の摘出はリスクが大きすぎると一番悪そうなところを1ヵ所だけ摘出するという手術になりました。

●一度目の手術
4時間に及ぶ手術は無事成功!
麻酔から目覚めた私は傷口の痛みに悶絶当然、このときは腰や足の痛みなどはまったく感じませんでした。
しかし数日が経って傷口の痛みがなくなった頃・・・あれ?腰や足の痛みは変わってないなぁ〜

●二度目の手術へ
一度目の手術から1ヶ月が経っても症状は改善されませんでした。
3ヵ所あったヘルニアのうち、痛みを出していたのは一度目の手術で摘出した場所じゃなかったのかなぁ?
では、次に酷い場所のヘルニアを摘出しようと二度目の手術へ。
手術時間はナント!7時間にも及びました。私は寝ていたのでまったくわからないのですが(^_^;)

●自宅療養
二度の手術でなんとか痛みから解放され無事退院。しかしホッとしたのは束の間、
退院してまもなくまた痛みが襲ってきたのです。

●痛くて腰が伸ばせない
ここからが本当の地獄の始まりでした。腰なのかお尻なのかとにかく痛くて
どこがどう痛いのかすらわからない。とにかく腰を伸ばすと痛みが出る。
それで私のとった行動は・・・ソファーに座ったまま寝るでした。
横向きで丸くなって寝ればいいじゃない!って思うでしょ?
それが不思議と横向きになっても痛みが出るんです(涙)。こんな生活は1年も続きました(>_<)

●この時の整形外科の診断は
三か所のヘルニアがどのように悪さしてるかわからないが、
最後の1つの摘出と3つの腰椎の金属による固定術を勧められました。
でもこの手術をすると腰の背骨3つ分が固定され1つになってしまうので腰は曲がらなくなる。
つまり畳の上での生活はできなくなるというものでした。
(現在、固定術はほとんど行わないようです。今考えると当時の診断は実に乱暴でした)

●社会復帰
結局、3度目の手術は受けずに療養を続け、
社会に復帰できたのは2度目の手術から実に1年半後でした。

●またまた再発
仕事に復帰して2年ほど経った頃、夕方になるとなんか股関節が痛くなるなぁ〜なんて思っていた
ある日の夜、突然強烈な痛みに襲われ、もう1センチも動けない状態となり、あえなく救急車。

●今度来たら入院ね
1回目の救急搬送では痛み止めの注射を打ってもらいなんとかその場を凌ぐことができました。
しかし、また数日後、同じ痛みがっ!・・・またまた救急車(>_<)これもまた痛み止めの注射でなんとか逃れました。
しかしまた数日後、さすがに救急車が恥ずかしくなった私は嫁の肩をかりなんとか自力で病院へ。
この時ですね『今度来たら絶対入院ね』と医師に言われたのは。

●忘れもしません1月4日の深夜でした
入院したら絶対長引くと察していた私はなんとかごまかしていましたが、
そう、あれは1月4日の深夜でした。
またまた激痛でピクリとも動けない(>_<)無駄な抵抗もここで終わり、あえなく入院となりました。
入院初日の朝、病室に入ってきた看護師さんの最初の一言は『誕生日おめでとう』。
数年前にたくさん面倒を見てもらった仲良しの看護師さんでした。

●入院当初

  つづきは近日中に更新します